朱い塚-あかいつか-

縁切り地蔵
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福岡県早良区野芥

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野芥(のけ)縁切地蔵尊由来

和銅(西暦708〜714年)の頃、重留の里(現在早良区重留)に
住んで土生の長者と呼ばれた富永修理太夫照兼の子、兼縄が粕屋の長者原(現在粕屋町)の
大城長者曽根出羽守国貞の娘(お古能姫)と縁組が成立し
興入れの日、兼縄がある事情の為出奔したので
照兼はこれを頓死と偽って使者を大城長者に急報の途中、
お古能姫はこの報せを野芥で聞き、「早や嫁ぐべき家も無し」と、この地で自刃して果てた。
土地の人々が哀れんで菩提をとむらうために一体の石蔵を建てたのが
この野芥の縁切地蔵といわれている。
其の後、男女の縁切りにあらたかとして、昔より全国各地から信者が祈願にきましたが
最近では一切の悪縁・諸病と縁切りという事で霊験あらたかであると
有名になり、北は北海道、南は沖縄まで参詣者が多い。

昭和60年10月26日に出火全焼したので地元有志及全国信者の方々の
ご納金によりこのたび再建完成し今後永く史跡とし
大切に保存するはこびとなりました。

昭和60年9月24日
野芥縁切地蔵尊史跡保存会
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今も残る縁切地蔵。
実はここの地蔵を削り、その粉を別れたい人にお茶と煎じて飲ませると必ず別れられるという。
階段を上がると奥にお堂があった。




右側にお地蔵様が並ぶ。
これが縁切地蔵か?




縁切地蔵は奥のお堂にありました。
先にも説明したとおり、煎じて飲ませれば別れられるという話は有名となり、
地蔵を削る人が非常に多く、現在では胴体の部分しか残っていないのです。




加えて昭和60年の火事で黒いすすもついてしまいました。
現在も地元の方からきちんとお世話されています。

お堂の壁に気になるものを見つけました。


縁切の絵馬のようです。

縁切地蔵のご利益は今も絶大なようです・・・。

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