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渋井町緑地碑
この地は渋井町の田園地帯の一角にあり
自然環境が豊かに残されているところである
年々歳々自然環境が失われているなか
地域からこの自然環境を守り
育てる意識のもとに公園としての要望があり
その熱意に応え水戸市が整備したものである。
またこの地は幕末における藩内の争乱の際に
処刑された人々の遺骸が運ばれ
埋葬されてたと言われている。
そのため近所の人々はこの地を
「土壇場」と呼び新川の淀みを「冥加淀」と
言い伝えている。
(新川改修工事により当時の淀みは残っていない)
この緑地公園が知地域の人々に愛着をもって
静かに憩える公園として末長く利用されることを
願っている。
石碑の裏にはこういう案内があった。
この公園と一帯の水田がかつて土壇場と呼ばれた
処刑された遺体をこの辺りに埋めたのだという。

現在は境橋とあるがかつてここは地獄橋と呼ばれていた。

この場所が磔場と呼ばれ、
磔(はりつけ)の刑はここで行われたという。