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横須賀の海岸、燈明堂

燈明堂とその周辺
慶安元年(1648)幕府の命でつくられた
日本式の灯台である燈明堂は明治5年(1872)まで
その役割を果たしました。
燈明堂の背後の山には平根山台場がつくられ
外国船に備えました。平根山台場は天保8年(1837)
日本人漂流民を送り届けに来航した米商船モリソン号を
最初に砲撃した台場として知られています。
ここから海岸線沿いに突き出た所には幕末期に、
千代ヶ崎台場がつくられました。
燈明堂付近には供養碑などが立ち並び、
かつてここが首切場と呼ばれた浦賀奉行所の
処刑場だったことが偲ばれます。
看板より

復元された燈明堂へ行く途中に石碑が三つ並んでいた。

題目碑
天保11年(1840年)建立
大きく「南無妙法蓮華経」の
髭題目が刻まれた碑です。

地蔵菩薩像供養塔
天保11年(1840年)建立
死者を供養する碑で、台石左側面から
裏面には世話人願主名が記されています。